考察「不完全」

考察 「不完全」
日本美術院の創始者として知られる岡倉天心の著作「茶の本」は、茶道を通じて日本人の美意識や哲学を西洋に紹介する目的で書かれました。そこで天心は、日本文化の美意識の本質を「不完全性」に見出し、それを受け入れることが美の真髄であると述べています。これは、完璧さや完全性を追求する西洋美術の価値観とは対照的と言えます。例えば茶碗のひび割れや不揃いな形状、自然の中で朽ちていく物への感嘆、これらは決して欠陥とは見なされず、むしろそれが物語る歴史や自然の力との調和、さらには人間の手が加わった痕跡として尊ばれるのです。
このような「不完全性の美」は、書画はもとより陶芸や漆芸など、さまざまな日本の伝統芸術において重要な要素とされ、自然の流れや偶然の結果を尊重し、それに美を見出す姿勢が重んじられてきました。
なかでも日本の「わび・さび」の概念は、独自の美意識として発展してきました。「わび」は、簡素さや質素さに美を見出す態度を、「さび」は、時間の経過や朽ちゆくものの中に宿る美しさを表します。これらは、過度な装飾や人工的な完璧さを排し、自然体であること、時と共に変化していくものに対する深い理解と共感を示しています。

 このように、天心の言う「不完全性の美」は、日本文化の深層に根付いた哲学として、西洋の美的価値観とは異なる視点を私たちに提供してくれます。
しかしこれらの思想は、必ずしも日本に固有のものでもなく、中国の道教や仏教でも「無為自然」という概念があり、自然のままに任せること、不完全さや無駄を許容することが美徳とされています。
また、ヨーロッパのケルト文化においては、自然との調和や時間の循環、さらには人間の不完全性を受け入れる思想が根強く存在し、日本文化と共通する要素が見られ、古代から多くの文化圏を通して普遍的な美意識として捉えることもできるのです。
本展の禅庭園での展覧においては、伝統的な芸術から現代美術までが混在しています。この寛容なる「不完全性の美」を堪能して頂ければ幸いです。

監修担当     近重博義

 

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